中垣 周平さん
神奈川県立神奈川総合高校(当時)
自らが研究テーマを設け、学校教育の枠を超えて調査・研究を進めている高校生(メンティ)を対象に、日本科学協会が専門家または研究者を指導者(メンター)として紹介、その研究テーマの進展を1年間にわたりサポートするサイエンスメンタープログラム。2013年以来、約60件のテーマが採用され、研究されてきました。
そこで新たにサイエンスメンタープログラムに関心を持たれた方たちのために、サイエンスメンタープログラムに採用された学生、学校教師、研究者を一同に会して対談の形で話を聞かせていただきました。
話をお聞きしたのは2013年の開始初年度に採用された「鳥とワニの胸郭形態比較-恐竜の腹肋骨の機能解明に向けた予備調査」をテーマにメンティとして1年半の研究をされた当時神奈川県立神奈川総合高等学校2年で現東京学芸大学教育学部2年の中垣周平さんと神奈川総合高校 担当教員の地学の松浦美貴雄先生、そしてメンターとして指導いただいた沖縄県立博物館の理学博士藤田祐樹先生です。
(以下敬称略)
中垣さんの当時の研究
鳥とワニの胸郭形態比較-恐竜の腹肋骨の機能解明に向けた予備調査
恐竜で発達している腹肋骨には、呼吸と関連した機能があると指摘されている。
そこで、恐竜の腹肋骨の機能及び呼吸システムを調べるための予備研究の材料として、鳥類とワニ類のそれに着目した。鳥類は、恐竜と近縁であるとされているが、腹肋骨を持たない。ワニ類は、恐竜とは系統の異なる爬虫類と位置づけられているが、腹肋骨を持つ。呼吸システムに深く関わる、これらの動物の胸郭の形態に注目して、骨格の構造を比較した。
鳥類ではドバトとキジバト、ワニ類ではコビトカイマンを対象の動物とし、それらの骨格標本を作製した。ドバトとキジバトについては解剖から行い、筋肉の形や位置、また関節の可動域なども観察した(コビトカイマンについてはすでに肉が除去されているものしかなかったので、筋肉や関節については専門の学芸員の方にお聞きした)。
胸郭を構成する骨の形や数、全体的な構造、関節の可動域やそれによる胸郭の体積の変化などを観察した結果、関節可動域の大小や胸骨の有無、肋骨の形状や数などの違いが認められた。今回は時間的制約のために限られた標本でしか観察ができなかったが、今後、さらに対象を広げて観察を続けていきたい。
幼いころからの恐竜への興味から
中垣さんはどうしてこのテーマに興味を持ったのですか?
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中垣
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松浦
- 高校一年の時から彼は真面目に授業を受ける子でした。話を聞いてみたら恐竜が好きだということと、テーマ研究でもそれをやってみたいという希望を持っていました。恐竜の研究は高校の中だけではなかなかできないので、丁度第一回のメンターの話を聞いていたこともあって、彼を推薦したんです。彼が2年になる3月に採用されたという連絡がきました。
研究する内容についても具体的に決まっていたのですか?
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中垣
- それがまだ細かく決まってはいなかったんです。サイエンスメンタープログラムに応募した時はとにかく恐竜の骨が見たかっただけで。メンターの藤田先生と話しても最初はなかなか決まりませんでした。
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藤田
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中垣
- そもそも標本を作ることが目的ではなかったのですが、骨の構造を学び、博物館に展示された標本と比較するための良い勉強になるなと。松浦先生に小田原の神奈川県立地球博物館をご紹介いただき、そこで骨格標本を作ることになりました。当初鳥の骨格標本を作成し、恐竜と比較する予定でしたが、学芸員さんからワニがあるよという話が出て、ワニの骨格標本も作ることになったんです。
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松浦
- 骨格標本を自分で作るとなった時に、解剖や処理を学校の化学実験室や生物実験室でできるかと考えたら、他の生徒のこともあって厳しいことは予想がつきました。そこで知り合いに地球博物館に勤務する鳥の専門家がいたので、相談したら受け入れてくれると。そこで前述の鳩も博物館に送ってもらったのです。中垣君には学ばせてもらうわけだから、博物館の小僧になってこいと言いました。
骨格標本はどのくらいの期間で作成したのですか?
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中垣
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松浦
- 正直、最初は中垣君が解剖時のニオイや溶けていくのに耐えられるのか不安でした。後で博物館の方に聞いたらまったく怯まなかったと聞いて感心しました。
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中垣
- そこはあまり気になりませんでした。標本は見てるだけだと、今までと何も変らないので、とにかく研究では実際に触りたかったんです。ただ家に帰るとなんだか臭いと言われました(笑)。
研究を通して学んだ、自分で考えること
実際にサイエンスメンタープログラムを通して研究をやってみてどうでしたか。
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中垣
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研究についても、気になったことを調べてみようと思っていただけで、細かいことは決めていませんでしたから、結果的に基礎を学ぶための骨格標本を作成するということだけで終わってしまった気がします。標本作製後に、恐竜と比較するために、恐竜の副肋骨を展示している博物館を調べて回ったりしたかったのですが、時間もなくて、結局過去の恐竜博の資料などをいろいろと調べて比較しました。サイエンスメンタープログラムでさらに半年間の研究延長も採用されましたが、3年で受験生になり予備校にも通いだしたので、結局大したことができたとはいえず申し訳なかったです。
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藤田
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高校生は思ったより意外と忙しかったり、指導するについても思ったことと違っていました。恐竜の副肋骨もなかなか発掘されなかったり、それが正確に復元されるとは限らなかったりもします。また神奈川と沖縄という地理的な問題もあり、週末に研究室に呼んで標本を見せるというわけにも行かず、その点では苦労しました。
延長した期間に恐竜の副肋骨についての論文などを読んで、さらに研究の道筋ができたらと思ったのですが、彼も忙しくてそれも十分にできませんでした。恐竜となると、文献が英語しかないので、論分が読み込めなかったりと、高校生には荷が重かったかなと思う部分もあります。
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松浦
- 私は基本的に黒子に徹していたので、極力口出しはしないようにしていました。メールを見ても本人に意見をいうようなこともなくて。スケジュールに関して時々お尻を叩いたり、メンターの先生や博物館の学芸員さんに対してのお礼をちゃんとしたかなどの礼儀について指導した程度です。
中垣さんはこの研究をきっかけに進学先にも影響したと聞きましたが。
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中垣
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はい、大学は東京学芸大学に進みました。教育学部に首長竜を研究されている先生がいらっしゃったので、大学でもこの分野の研究がしたいと思い、進学を決めました。今も大学院で博士課程まで進んで研究者になりたいと思っています。
大学に進んで自然科学の基礎が足りないということを実感しています。好きな生物、地学の中に数式が出てきた時に、わからなかったりする一方で、物理、化学を勉強することが楽しかったりもします。生物、地学でも、そのことでこれまでと見方が違ってくることが面白くなってきました。
あと大学では看護学科があって、ヒトの解剖学があるのですが、理科のコースにはなかったり。なので先生に相談して単位は取れないけど、聴講させてもらったりしています。単位が取れないからこそ、学ぶ意欲が出るんです。解剖した経験も、そこで役に立っていますね。研究でたくさんとった写真も、発表では一部しか使いませんでしたが、今になってわかることもあって役に立ったり。
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藤田
- 2年生で他学科の授業をわざわざ聴講しているという話を聞くと嬉しいですね。
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松浦
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中垣
- 確かに先生の言うことを聞いていれば、テストの点数は取れるますが、自分で考えて答えを見つけるという機会はなかなかないので、難しいことではありました。わからないことや調べることも多かったけれど、今自分が何をしなければいけないのか、必要なのかと自発的に考える訓練ができるのはよかったと思います。それでも今から振り返ると、研究のプロセスの中で、間違っていても答えにたどり着けるようなことが、もっとたくさんできればよかったなあと反省しています。
まだまだ変わっていってもよいサイエンスメンタープログラム
実際にサイエンスメンタープログラムを利用したものとして、このプログラムに今後期待することはありますか?
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中垣
- 実はメンターの研究発表の時に自分の研究に対して質問してきた別のメンテイがいて、答えていたら自分の考えを論破されたんです。それでこんなんじゃダメだって思いましたし、こんな人がいるんだと思いました。だからもっと早く知りたかったし、もっと早い段階で中間発表のような交流ができると良いなと思いました。同じことをやっている人には負けたくないというのがあってモチベーションにも繋がると思います。
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藤田
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テーマにもよると思いますが、高校で自由に研究ができるわけでもになく、限られた時間でどのようなことが学べるかを有効に活かすためにも、研究のプロが付くメンター事業は有効といえるのではないでしょうか。
もし若い人が研究者になりたいとしたら、自分でテーマを考えないといけない。大学でもその上で先生に何ができるか、何をすべきか相談していく。そして専門に進んだ二年間でやっていくわけですが、意外と時間がないわけです。高校で一度そういう機会が持てるのは非常に重要で、その経験を元に、大学ではもっと論文が読めなくてはとか、もっと自発的に動かなくてはと思えれば、大学の研究に活かせると思うのです。同じ本を読んでも読み方が違うみたいな。
あと研究をゼロから組み立てる場合は、メンターとメンティの物理的な距離は近いほうが良いなと思います。ケースバイケースですが、テーマがしっかり決まっている場合であれば、メール等でも充分なアドバイスをしてあげられると思います。しかし今回のような場合、もし中垣君が月一で研究室に来れたら、化石の整理をさせたりすることを経験させてあげられたなと思いました。
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松浦
- 今回は小田原の博物館が距離を埋める役割を果たしてくれたので、よかったのですが、本来はそこを埋める役割をするのが教師の役割だったりします。しかし高校の中だと枠組みがあって授業の中ではできないテーマもある。高校生は数学、物理、化学といった自然科学系の基礎も弱かったりします。そんな中でどのように生徒をサポートしていくかと考えた時に、高校の先生にしても生徒と毎日会えるわけではないので、完全にフォローできるとは限らない。研究って最初の取っ掛かりが大変だと思うんです。自分に合ったテーマを見つけられるかについても生徒によって差があります。そんな時のために過去のメンティと今のメンティが交流する機会があるとよいと思います。メンターの先生と高校生の仲介的な役割ができるのは、実際にそこを経験したメンティだと思いますから。今後もサイエンスメンタープログラムはまだまだカタチを変えていくようなものだと思います。
中垣くんは研究者としての道を進みながらも、教育学部ならではの教育者としての資質も身につけつつあるように思えました。サイエンスメンタープログラムが中垣くんの現在によい影響を与えられたことこそが、このプログラムの意義であるのではと思えました。
今後は、各メンティが何をやっているかを相互に早く紹介するようなことも考えています。これからのサイエンスメンタープログラムにご期待ください。そして来年の多くの学生の方の応募・参加をお待ちしております。