各章の概要
はじめに
酒井 邦嘉(東京大学大学院総合文化研究科教授)
第1部 社会に開かれた研究倫理
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第1章「3.11以後の科学と倫理」
野家 啓一
(東北大学名誉教授) -
科学倫理は、科学コミュニティの「内部規範」と「外部規範」とに大きく分かれる。前者は研究不正の禁止など科学者が研究共同体の一員として守るべき公正の原則である。後者はいわゆる「科学者の社会的責任」であり、科学者が研究活動を通じて及ぼす社会的影響に関わる行動規範を指す。本章では、東日本大震災と福島原発事故がもたらした倫理的問題を、「トランス・サイエンス」と「リスク社会」をキーワードに考察する。
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第2章「ロボット三原則と科学者三原則」
酒井 邦嘉
(東京大学大学院総合文化研究科教授) -
本章では、科学と倫理の問題を考える上で重要な思考および行動上の原則を整理しておきたい。前半では、アイザック・アシモフが唱えた「ロボット三原則」について議論を加えて行く。技術の枠であるロボットの本質を問い直すことは、まさに人間のあり方、倫理観を再考する契機ともなる。後半では、筆者が提唱する「科学者三原則」を紹介したい。科学者のあり方を検討し、科学者は人間の未来に向けて何をすべきなのか、あるいは何をすべきではないのかという社会的責任について考える。
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第3章「科学者の社会的責任ー専門知の失敗と責任システム」
廣野 喜幸
(東京大学大学院情報学環/総合文化研究科教授) -
"専門家による知の蓄積はおおむね尊敬すべきものである。しかし、時に専門知に基づく予測が外れ、そのため社会の被害が増幅されることがある。社会被害を軽減するためには、専門知の精度を向上させることはもとより必要だが、今そこにある危機に対応するためには、専門家の社会的責任システムを望ましい形で整備する方向性も重要となる。専門家の社会的責任システムの現状を分析し、今後を展望する。 "
第2部 これからの生命・AI・宇宙時代に問われるもの
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第4章「合成生物学の倫理とデュアルユース性」
須田 桃子
(NewsPicks副編集長) -
"合成生物学は、「生命の設計図」とされるゲノムを書き換え、自然界に存在しない新たな生物を作りだす新たな研究分野だ。その目的は、作ってみることで生命の仕組みを解き明かす、あるいはそこで得られた知識や技術を駆使して人類にとって有用な生物をつくり出す、という二つに大別される。生命をどこまで操作してよいのか、デュアルユース(軍民両用)性や軍部の投資をどう考えるか—など、合成生物学にまつわるさまざまな倫理的・社会的課題を紹介する。 "
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第5章「感染症の科学と倫理」
小川 眞里子
(三重大学名誉教授) -
"人々を苦しめる病気の治療に科学(医学を含む)の力は絶大であるが、感染症に関しては、それが他人に伝染する場合に病気一般とは異なる倫理的問題が生じる。他人に感染させないことと個人の自由権とのせめぎ合いが問題になるからだ。さらに妊婦から感染が胎児に及び、とくに重篤な影響が生じる場合に女性のリプロダクティヴ・ヘルス/ライツをどのように保障するかは重大な倫理的問題である。さらに他人への感染力を保持したまま罹患に全く自覚のない人に、責任を問えるかといった問題を考えてみたい。 "
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第6章「遺伝病医療の倫理」
鈴木 邦彦
(米国ノースカロライナ大学名誉教授 ) -
乳幼児期に発症し、急速に進行して多くの患者が学齢期に達する前に死亡する遺伝性の疾患が数多く存在する。その多くは発達期の脳を侵す疾患である。20世紀半ば以降、生科学、分子生物学の進歩に伴い、多くの治療の試みが行われている。それなら、現在の知識、技術に基づいた色々なアプローチを推し進めて行きさえすれば、いずれはこれらの遺伝病もすべて治療可能になるのだろうか?私は楽観的になれない。応用科学である医学以前の基礎神経科学のこれからの問題がまだまだ山積している。遺伝病の医療活動はその性質上、ごく日常的、社会的な考慮に始まって、最終的には生命の本質に直面する倫理問題を避けて通ることは出来ない。
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第7章「AI時代の科学技術倫理」
前野 隆司
(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授) -
AIと科学技術倫理の関係について述べたのちに、AIは今後どうなるのか、AIが人類を支配する日は来るのか(単純労働は無くなるのか、専門職もなくなるのか、ヒトは一番ではなくなるのか、人類は滅亡するのか、など)、という未来的話題についてAIやロボットの専門家として述べる。また、近未来のAIはどのような影響を与えるかについても述べる。最後に、AIと科学技術教育の関係について考えを述べる。
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第8章「『本人らしさ』の探求と演出—人工知能技術による「よみがえり」をめぐる論点」
江間 有沙
(東京大学未来ビジョン研究センター特任講師) -
人工知能(AI)技術を使って亡くなった人を「よみがえらせる」ことや身近な人と「再会する」ことが可能になりつつある。一方で、AIによって「よみがえる」のはあくまで本人「らしい」ものでしかなく、制作にはかなり人の手が介入している。技術ができることとその限界、「よみがえった」人の演出の仕方や法的、倫理的、社会的な課題も含め、人と人、人と機械の関係性や研究者の責任について論点を整理する。
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第9章「人類の生存と宇宙進出の問題」
神崎 宣次
(南山大学国際教養学部教授) -
近年、宇宙開発が再び活性化している。人類が宇宙に進出し、開発を行う可能性が視野に入ってきている以上、そうなった場合の倫理問題をあらかじめ検討しておくべきであるだろう。そうした検討を行う学問領域が宇宙倫理学である。宇宙倫理学には宇宙の軍事利用を含めてさまざまな話題があるが、重要な問題の一つに宇宙資源利用にどのような制限をかけるべきかという問題がある。本章ではこの問題に関連して提案された1/8原則を批判的に検討する。
第3部 文化としての科学倫理思想
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第10章「科学の創造性と倫理―ベーコン的科学の行方」
村田 純一
(東京大学名誉教授) -
現代の科学は、技術と密接不可分に関係し、産業と結びつくと同時に、大学や研究所などの社会制度のなかにしっかりと根を張っているようにみえる。いまでは自明視されるようになったこのような科学のあり方を近代の黎明期にいちはやく構想し、その実現を提唱したのがフランシス・ベーコンだった。本論では、ベーコンの述べた「知は力なり」という有名な言葉を手掛かりに、社会のなかで大きな力をもっている近代科学の本性と倫理との関係の一側面ついて考えてみたい。
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第11章「原子爆弾と『聖断』」
岡本 拓司
(東京大学大学院総合文化研究科教授) -
第二次世界大戦最末期、原子爆弾が投下されたことを一因として日本は講和に向かい、その後、憲法改正を経て民主主義国家へと変貌を遂げた。これは史上ほとんど例のない、科学研究の成果が国是の変更を強いた事例であったが、その結果、講和の実現に向かう過程では、明治維新以降に確立された国体に代わる、新たな価値としての国民の地位の浮上という事態が生じた。戦争末期に科学戦の到来が印象付けられたことも講和の実現に貢献した。
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第12章「宗教由来の倫理は科学の倫理に応用できるか? ―嘘(捏造)をめぐる考察」
正木 晃
(宗教学者) -
学としての倫理学が登場するまではもちろん、登場してきても、人類にとって倫理の源泉はおおむね宗教であった。この状況は現時点でもさして変わっていない。宗教は、わたしたち日本人が常識的に認識しているよりもはるかに多様であり、宗教に由来する倫理もまたすこぶる多様である。そして、科学との関係も錯綜し、複雑である。では、宗教に由来する倫理は、科学の倫理に応用できるであろうか。本論考の目的は、この課題を考察することにある。
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第13章「エコロジー思想の起源とその両義性」
安藤 礼二
(多摩美術大学美術学部教授) -
「エコロジー」は優生思想であり、ナチズムに通じるのではないのか。そのようなショッキングな見解が前世紀末より唱えられるようになってきた。「エコロジー」の起源として位置づけられるドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルの思想にさかのぼり、同じその思想をまったく逆の方向に読み解くことで独自の自然保護運動の原理とした南方熊楠の営為をあらためて浮き彫りにしていく。そこにこそ新世紀の「科学と倫理」が現れるはずである。
あとがき
酒井 邦嘉(東京大学大学院総合文化研究科教授)