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私たち人間(生物学的にはヒト)は,自然界でどのような存在なのだろうか。この問いに解答するには,ヒトの進化,ヒトの体の特性,ヒトと他の生物や地球環境との関わり,などといった多面的な要素を考慮しなければならない。本章ではまず,ヒトが出現するまでの地球上での生命進化について学ぼう。
本章では,ヒトがヒト科の他の動物から分岐して,ヒトとして独自の進化を遂げた足跡を見てみよう。そして,その過程で,ヒトがいかにヒトを他の動物と区別するヒトらしさを獲得したかを考えよう。それによって,ヒトの特性や,生物の世界でヒトがどのような位置を占めるかを学んでいこう。
ヒトの生命は,父親の精子と母親の卵子が出会い,受精することによって開始する。直径0.15mmの受精卵は,細胞分裂・分化・成長を繰り返し,ヒトの体をつくる元となっていく。ヒトの卵子と精子の形成から受精までについて学ぶとともに,健常と異常の考え方についても学習する。
精子と出会い受精した卵子が子宮内膜に着床することが妊娠の成立である。妊娠の成立後,受精卵が分裂・分化してつくられる胚が子宮の中でどのように成長し,38週(胎齢約265日)後に体長50cm・体重3000gの新生児として誕生に至るのかについて学習する。また月経が起こる女性の体のしくみや,胎盤の形成と母体との関係などについても学ぶ。
地球上の生物はすべて細胞という単位から構成されている。顕微鏡技術の発達とともに,種を問わず細胞内にはさまざまな細胞小器官が発見された。核,細胞膜,ミトコンドリア,小胞体,ゴルジ体,葉緑体,リソソームなどが担うそれぞれの機能が連携しあって,生きた細胞活動が可能となっている。
一つの細胞が分裂して二つの細胞となり,これがくり返され細胞の数が増えていく過程を細胞の増殖とよぶ。分裂から分裂までの間,細胞の中では決まった順を追って内容物の倍化と分裂の準備が進んでいく。細胞周期と呼ばれるこの過程を学ぶとともに,その制御の重要性についても学習する。
受精卵が分裂していく過程で,細胞は分化してさまざまな種類の組織や器官を構成する。各細胞では分化に伴って,各細胞では受精卵、他の細胞と異なる組み合わせの遺伝子を用いるようになる。未分化でいずれの細胞にもなれる能力を持った多能性幹細胞としてES細胞,iPS細胞があり,再生医療に結びつくことが期待されている。
新生児は出生時に,母体と共に大きな試練にさらされる。出産時の胎児の体と母体に働くホルモンの作用と,出生後新生児が体験する環境変化について学ぶ。また新生児は,生きてゆくための基本的な臓器や器官が完成してから出生するが,脳だけは未熟なまま誕生し,出生後に周囲からの刺激を受けて成熟脳へと発達してゆく。胎児期の脳から出生後の脳の成熟について学習し,出生から思春期に至るまでの脳が発達する途上で発生してくるさまざまな障害についても学ぶ。
我々のからだは,無機物と有機物から構成されている。有機物の中で最も存在量が多く,さまざまな機能を担っているのがタンパク質である。ここでは,タンパク質の多様な働きを概観し,その中で酵素については少し詳しく学ぶ。またタンパク質はアミノ酸から構成されていることを理解する。
ほとんどの生物では,遺伝子の本体はDNAである。DNAの分子構造形成と機能発現に,水素結合に基づく相補的塩基対形成が決定的に重要な役割を果たしている。また,細胞にはDNAがもつ遺伝情報を安定的に保持するしくみがある。それらのしくみは,微生物からヒトにいたるまで基本的には共通である。この章では,遺伝情報を担う分子として最適化されたDNA分子の構造と機能を学ぶ。
遺伝子はタンパク質の設計図である。DNAの塩基配列がタンパク質のアミノ酸配列を指定する。核内に保存されているDNA分子の情報がRNAによって細胞質内で行われるタンパク質合成に伝えられる。その過程の概要と調節のしくみを学ぶ。
「遺伝のしくみ」は遺伝という現象を理解するための基本である。まず,遺伝子・DNAが次の世代にどのようにして伝わるのか,メンデルの法則と減数分裂のプロセスを通して学習する。減数分裂では,さらに遺伝的多様性が産生されることについても理解し,一つの生命体の誕生がまさに奇跡であることを実感したい。そして遺伝子の連鎖という概念から染色体地図が作成されることを学ぶ。さらにメンデルの法則はヒトの遺伝にも適用されることをさまざまな遺伝様式の例を通して学習する。
1980年代以降の分子遺伝学的手法の発展により,ヒトの遺伝学は飛躍的な進展を遂げ,現在ヒトは,地球上に生息する生物種の中で遺伝学上の知識が最も豊富な生物種となった。とりわけヒトゲノムが解読された2003年以後は,ヒトゲノムの多様性や「個人差」についての解析が進んだ。本章では,多様な遺伝形質の源はDNA/遺伝子の変異であることを理解し,疾患を伴った形質(遺伝性疾患)も含めて,ヒトの遺伝的多様性の実態を学習する。
生体を構成する成分と生命活動に必要なエネルギーを得るために,ヒトは食物から栄養素を摂取して利用している。生体が糖質,脂質,タンパク質・アミノ酸などの栄養素を吸収して代謝するしくみと,生体の汎用エネルギー物質ATPを生産するしくみを説明する。
微量元素(微量ミネラル)は,タンパク質・酵素・ホルモンなどの構成成分として,酸素の運搬をはじめ,各種酵素反応や代謝調節に関わっている。ビタミンは,脂溶性と水溶性に分類でき,それぞれ働きも異なる。脂溶性ビタミンは,発育,視覚,生体防御,骨代謝,血液凝固,抗酸化などの独自の作用を発揮する。一方,水溶性ビタミンの多くは,酵素の補助因子として栄養素やエネルギーの代謝を支えている。この章では,微量元素とビタミンの特性および作用のしかたを学ぶ。
ヒトの体の中にはおよそ200種類以上の細胞があるといわれている。これらの細胞は,その形と機能から,数種類の「組織」に分類される。一方,ヒトの体を構成するのは「器官」である。器官は,体をつくるパーツで,心臓,脳,胃,腎臓などはすべて器官である。器官は多くの場合,複数の組織からできていて,器官の実際の働きを担っているのは,組織に含まれる細胞である。本章では,いくつかの具体例をあげながら,組織と器官の関係について解説する。また,体内の条件を一定に保つホメオスタシスと器官系の関係と,筋肉と骨に及ぼす運動の効果についても触れる。
免疫には獲得免疫と自然免疫がある。獲得免疫は予防接種の原理を探ろうとする研究から明らかにされてきたのに対し,自然免疫は体にもともと備わっている生体防御のしくみを探ろうとする研究から明らかにされてきた。この章ではこれらの免疫のしくみについて,感染症とアレルギーを例にとって,説明する。
ヒトの生命活動になくてはならない臓器として肺,心臓,腎臓がある。特に肺と心臓は生命維持の最重要器官である。酸素を取り込み二酸化炭素を排出する肺,酸素と栄養素を含んだ血液を全身に送り込む心臓と血管,老廃物の濾過と必要物資を回収する腎臓の役割を理解する。
神経系は中枢神経系と末梢神経系とからなり,人間が生きるための不可欠なシステムである。中枢神経系は脳と脊髄からなり,脳は人間にとって最も重要な考える力や自我を生み出す基盤である。神経系は数多くのニューロンがシナプスという特殊な接合部位を介して神経回路網を形成し,さまざまな機能を生みだしている。この章では,神経回路が機能するしくみについて学ぶとともに,神経系の異常が精神神経疾患を引き起こす機序についても学習する。
生命の基本単位である細胞の異常や障害は,個体の病気と密接に関係していることになる。この章では,異常な細胞がどんな時につくられるのか,あるいはどんな内的,外的要因によって異常な細胞がつくられ,障害を受けるのかについて学ぶ。そして,私たちの体はそれらの異常な細胞や障害を負った細胞をどのように処理し,それらがどのように疾病とかかわっているのかについても学ぶ。
病気の要因には大きく分けて環境要因と遺伝要因の二つがある。近年の遺伝医学の進歩によって,遺伝要因が多くの疾患に関与していることも明らかになってきた。そのため遺伝性疾患は決して特殊なものではなく,誰でもがかかりうる疾患ともいえる。この章では遺伝子や染色体の変異によってもたらされる病気に対する理解を深め,あわせて健康とは何かを考える。
200種類以上に及ぶ,約37兆個のさまざまな異なる機能を持つ細胞からなるヒト。その老化の原因には,体細胞内に良くない分子が蓄積して老化する傷害蓄積説と,染色体のテロメア部分の短縮による細胞寿命説の二つがある。生物としてのヒトの老化と死について学習するとともに,社会的なヒトの老化と死について考察し,脳死,安楽死,尊厳死,平穏死,死の看取りなどについて考える。
これまでの章ではヒトのからだのしくみを中心に学んできた。本章では,生物多様性と生態学の視点から,ヒトを相対化して理解し直す。とくに単細胞の微生物は,一般に原始的だと思われているが,酵素分子などのしくみは他の生物のように巧妙であり,微生物なりに進化を遂げてきたと解釈される。微生物は,通常の生物多様性の解説にはほとんど登場しないが,生態系の基盤を構成し,ヒトとも多様に共生しており,ヒトを相対化して理解する上で重要な存在である。
人の命はかけがえがないと認識されながら,ヒトは毎日,他の生物を殺して食べることによって生きている。農作物もヒトが食べる生物であり,農業は,それらを合理的,持続的に繁殖させ供給する営みだと見ることもできる。一方,心を休める緑の自然も,ヒト以外のたくさんの生物からできている。さらに,家庭によっては家族と同等に大切なイヌやネコも,実はヒトがつくりだした自然の一部である。本章では,食糧問題を含めヒトが他の生物や環境にどのように関わっているかを学ぶ。
ヒトは生態系の中で生きている。しかしヒトはその生態系に作用し,地球規模で気候を変えるほどの力を持った。そしてその変化が,ヒトの生きる環境を大きく変えようとしている。現代では,温室効果ガスによる温暖化や気候変動が,食糧問題と並んで深刻な社会的問題になっている。ヒトが自らの体を理解して健康を望むように,人類は,環境との相互作用を理解し,将来の人類が持続的に幸福に暮らせるよう,これから共通の目標に向けた行動をとることができるのかが問われている。
新しい生命科学技術の発展は,現代社会にさまざまな問題を提起した。本章では遺伝子工学の発展の歴史から,遺伝子組換え,最近のゲノム編集技術の進歩,遺伝子工学の農学や先進医療への応用などについて学ぶとともに,これらの生命科学技術の発展がもたらした課題とそれらの社会的受容についても学習する。さらに今世紀中に日本に到来するであろう急速な人口減少を理解し,人口減少がもたらす超高齢化社会が,新しい生命科学の進歩を享受できる豊かな社会になるために心掛けるべきことを考えておきたい。