生物系選考委員会委員長
生理・発生・分子・生化・遺伝などの分野
申請者がその研究テーマを本当に面白いと思って書き進めている申請内容は、サポートしたいと思いたくなります。その研究が科学的に重要なテーマであることはもちろん大切ですが、それ以上に、本人が心から面白い研究をしたいと思っていることが、大事ではないかと思います。現時点までの理解や知識をもとに考え、視点を変えてみると不思議な現象に対して、若い感覚でチャレンジしようという提案を見ると、多少荒い提案であっても応援したくなるものです。研究内容のアピールだけでなく自己を研究者(の卵)としてPRすることも忘れないでほしいと思います。なぜその研究をやりたいのか、それならばこの内容を思いつくだろう、すると読む側もその後の展開を期待したくなります。指導者の元で研究をしている立場で、研究室のメイン研究テーマからは大きく外れることはできないまでも、その人の個性を発揮し新たな視点を持って提案がなされている申請には惹かれるものを感じました。現在加速度的に集積されつつある全ゲノム、RNA-seq、ChIP-seq等の公開情報は、新たな生物学的な課題に取り組む際のハードルを明らかに下げつつあります。αフォールドやin silico解析、RNA-seqなどの網羅的解析を通して候補分子を絞り、wetの実験を用いて生理機能を検証しようというこれまでの解析の流れに加えて、既に絞り込んだ分子について、相互作用する分子を通して深く機能を精査するなどの申請が増えているように思われます。このような研究の流れはタンパク質やペプチドのみならず脂質や糖鎖の研究にも、構造解析に加えて、さまざまなアプローチを駆使して機能を探る提案が増えた点は注目されます。再生医療・発生工学的な手法のアプローチも増えています。非モデル生物に固有の生命現象へのアプローチを試みる研究計画には、生命科学の裾野を広げるものとして期待が持たれます。
多くの申請を読んで残念に思う点も述べたいと思います。同一研究室から複数の申請があって、互いにまるで分業制で単一の研究テーマに取り組もうとしているように見えるものがあります。申請者本人の主体的な興味や問題意識が伝わりにくく、高く評価することはできませんでした。
生命科学もかなり専門化していますので、分野が異なると前提となる知識、情報が異なります。にもかかわらず、いきなり専門用語、略語が登場して、それが何を指すのかが分からない申請も多々ありました。そこをうまく分野外の人にも分かるように導き、さらに分野外の人にも面白さを伝えて欲しいものです。それが基礎研究の醍醐味です。
ある生命現象について、A or Bの2つの考え方あるいは解析の方向性について述べた上で、「Aについては数多くの研究があるが、Bについてはほとんど調べられていない。そこで本研究ではBの解析をすることを目的とする」といった流れで研究の必要性を述べているものがありましたが「ほとんど調べられていない」こと自体は、研究を進めるに値することを保証するものではありません。
それまでの研究成果と、申請している研究の内容の間の関連性が全く示されていない申請書がいくつかありましたが、全くのゼロから申請内容の研究を始めるという主張は説得力に欠けます。全体の研究計画の内、これまでこの部分を明らかにして、残ったこの部分を研究助成対象として申請する、あるいは新たな視点からのアイディアが生まれたといった形で研究者としての流れの中に位置づけて欲しいと思います。
申請研究題目が他のものであっても無関係に見える支出経費の内容を見ると、たとえば経費のほぼ全てをワークステーションの購入やRNA-seqなどの外注に当てる研究計画には疑問を抱かざるを得ませんでした。申請された研究題目に沿った研究をやるからこその、支出内容もあるはずです。
分類・生態・農・水産などの分野
今年度も、大変興味深く意欲的な研究課題が数多く申請されました。また、申請内容の水準も全体として高く、選考にあたっては、研究対象とする生物(群)にとっての意義にとどまらず、より広い視点から学問全体を俯瞰し、解明しようとする生命現象が当該学問分野においてどのような意義を持つのか、すなわち学問の中で自身の研究をどのように位置づけているかが明瞭に示され、研究の重要性と実効性が強く訴えられているかどうかを重視しました。
今年の申請課題では、これまで植物―昆虫の相互作用に代表される二者間の関係を扱った研究に加え、植物―昆虫―菌類という三者間の関係、さらにはより複雑な群集レベルでの生物間相互作用の解明を目指すなど、新たな研究展開が多くみられました。特に昆虫類は、種数が多いだけでなく、植食者・捕食者・寄生者など多様な生態的地位を占めており、分類学はもとより、生物間相互作用や進化を研究する上で極めて魅力的な研究材料といえます。例えば、これまで研究対象となることがなかったネジレバネという寄生に特化した昆虫に着目し、ホスト内での免疫回避戦略など寄生戦略の解明に挑む困難な課題や、同様に in vitro 系を用いてホスト内での寄生者の行動を明らかにしようとする意欲的な研究がみられました。また、古くから知られているシロアリと共生微生物の関係を、共進化という視点から捉え直そうとする視野の広い課題もありました。
さらに、ミクロ生物学とマクロ生態学を融合させた研究も目を引きました。例えば、樹洞営巣鳥類を対象に環境DNAを総体的に活用する研究や、鳥類の歯に残された痕跡から進化を探ろうとする研究などです。また、大型偶蹄類と中型食肉目の関係を明らかにしようとする研究は、同じ哺乳類であっても生態的・形態的特徴が大きく異なるため、広範な知識や高度な技術が求められます。加えて、都市緑地における鳥類群集の変化を扱う研究は、鳥類学の基礎研究であると同時に、人為的影響を強く受ける都市環境を対象とするため、解析は決して容易ではありません。このような挑戦的なアプローチはいずれも困難を覚悟した上での課題設定および研究計画と考えられ、非常に頼もしく感じられました。
この他、例年、同一研究室から複数の異なる研究課題が申請される傾向がありますが、今年度は異なる研究室から、類似した研究テーマの申請が多くみられました。特に、これまで研究事例の少ない氷雪藻、マリモ、淡水魚の行動・生理生態など、さまざまな生物群を対象とした申請が複数あり、若手研究者が未知の研究領域へ積極的に挑戦しようとする姿勢がうかがえました。
以下では、採択・不採択に関わらず、今後、より良い申請書を作成していただくために、選考委員会として気付いた点を記します。今後の参考にしていただければ幸いです。
申請書を通読すると、研究者として経験の浅い学生による申請であっても、全体としてよく練られた内容が多くみられました。一方で、研究目的がやや不明瞭で、研究の価値や意義が十分に説明されていない計画も散見されました。また、ほとんどの申請課題で図(表)が用いられていました。図の使用は、異分野の研究者にも研究内容を分かりやすく伝える上で有効ですが、単なるイメージ図にとどまらず、実施しようとする研究内容や方法が具体的に理解できるよう工夫された図を用いることで、さらに説得力が高まると感じられるものも多くありました。
近年の申請では、多様な研究分野において遺伝子情報の利用が一般的な手法となっています。これは、遺伝子解析を比較的安価に外部委託できるようになったことも大きく影響していると考えられます。研究予算の計画においては、遺伝子解析の委託費用が必要であることは当然ですが、実際のサンプル数や解析内容が研究計画とどのように対応しているのかを明確にした上で、妥当な予算編成を行うことが重要です。中には、外部委託費用が申請金額全体の50~80%を占める例もみられました。自身が解明しようとする科学的課題に対して、その支出が合理的に必要であること、あるいは投資に見合う成果が期待できることを十分に説明できているかという点についても、改めて留意して申請してください。
また、本分野の研究では野外調査が研究の基盤となる場合も多く、海外調査・研究を目的とした旅費の申請も多数みられました。旅費が高騰している現状を反映し、研究費の多くを旅費が占める申請もありましたが、その場合には、当該研究においてなぜその渡航が不可欠なのか、必要性や必然性がより明確に伝わる記述が求められます。さらに、研究がまだ初期・探索段階にある場合には、高額な投稿料や海外学会への参加が必ずしも適切とは言えないこともありますので、申請の際には十分な検討を行ってください。
最後に、本分野では、これまで生物多様性条約に基づくABS(Access and Benefit-Sharing)に関する法令遵守の重要性を繰り返し強調してきました。今年度も、海外での野外調査を含め、外国の生物を研究対象とする申請がありましたが、ABSを遵守し、申請前に調査予定国の研究機関と申請者所属機関との間で共同研究契約(MOU)が締結されている例がみられました。これは、これまでのこの総評におけるABSに関する指摘が一定の効果を上げているものと評価できます。しかし、次年度以降の申請に向けて注意喚起を行うため、改めてABSに関する法令遵守の重要性を強調します。留意すべき点として、ABSへの対応は海外で採集した生物に限らず、国内のペットショップから入手した生物や継代飼育された生物を研究に用いる場合であっても(目的外使用となるため)必要となります。ABSを遵守していない場合、研究課題が採択されたとしても研究を実施できない、あるいはせっかく研究を行なっても研究成果を論文として公表できない可能性があります。本研究助成への申請に限らず、外国の生物を対象に研究を遂行する際には、ABSの遵守について指導教員などと十分に相談の上、細心の注意を払ってください。


